座談会
荒屋 潤 先生
東京慈恵会医科大学附属病院
呼吸器内科 診療部長 教授
原 弘道 先生
東京慈恵会医科大学附属病院
呼吸器内科 診療副部長 教授
髙坂 直樹 先生
東京慈恵会医科大学附属第三病院
呼吸器内科 診療医長 講師
関 好孝 先生
東京慈恵会医科大学葛飾医療センター
呼吸器内科 診療部長 講師
戸根 一哉 先生
東京慈恵会医科大学附属柏病院
呼吸器内科 診療医長 講師
近年、肺MAC症患者が急増しており、呼吸器専門医のみならず、一般呼吸器内科医も連携してその診療を担う機会が増えています。そこで今回、東京慈恵会医科大学附属病院・系列病院の呼吸器専門医の先生方をお招きし、肺MAC症治療の現状と課題、また、2021年に本邦に導入された治療選択肢アリケイスの使用経験などについて伺いました。
開催日:2023年9月5日
開催場所:JPタワー ホール&カンファレンス(東京)
アリケイス®の販売名はアリケイス®吸入液590mgです
ラミラ®の販売名はラミラ®ネブライザシステムです
01|本邦における肺MAC症の
現状と傾向
司会最初に基本情報として、肺MAC症の病態と疫学について簡潔にご解説をお願いします。
原近年、本邦では肺NTM症患者さんが増えていますが、その起因菌で最も多いのがMycobacterium avium complex(MAC)であり、肺NTM症全体の約9割を占めます1)。MACが肺に定着するとそこから肺MAC症の病態が形成されますが、MACは環境常在菌で自然環境に広く存在するとともに家庭内で増殖することもあり2,3)、日常生活のなかにも感染リスクが潜んでいます。
戸根MACは弱毒菌で、曝露されても必ずしも肺MAC症を発症するわけではありません。発症には、加齢や免疫低下、疾患感受性遺伝子などの宿主側の要因をはじめ、さまざまな背景やメカニズムが関与していると考えられています(図1)4)。
02|肺MAC症診療を
困難にする要因
司会肺MAC症に特有の診療のむずかしさには、どのようなことが挙げられますか。
関肺MAC症は症状や進行過程に個人差が大きく、若年でも酸素吸入が必要なケースもあれば、超高齢でも無治療で悪化しないケースもあります。病態によって必要なフォローアップの強度もまったく異なり、個別の対応が求められる点は肺MAC症診療のむずかしさだと思います。
戸根肺MAC症はほかの慢性呼吸器疾患が併存する例が多く(図2)5)、個々の基礎疾患と肺MAC症の治療を並行することに苦戦する場合があります。また、肺MAC症患者さんは真菌に易感染性であり、肺MAC症と真菌感染症が合併する例も珍しくありません5)。肺MAC症の治療薬は相互作用を示す薬剤が多く、どちらの治療を優先するかの判断がむずかしくなります。
髙坂関節リウマチ(RA)併存例も、薬剤の相互作用から治療に難渋しがちです。肺MAC症の標準治療は、クラリスロマイシン+リファンピシン(RFP)+エタンブトールによる3剤併用療法が基本ですが、たとえばRFPはステロイドの作用を減弱させるため、RAの病勢コントロールが困難になることがあります。
03|東京慈恵会医科大学附属病院と
系列病院における肺MAC症診療
司会紹介来院される肺MAC症患者さんは、どのようなケースが多いのでしょうか。
関当院への紹介例で多いのは、①健診での異常所見の確認のため撮影したCTで肺MAC症に特徴的な所見が見つかった症例、②胸部の画像所見に明らかな異常陰影を指摘されて来院した症例、③肺MAC症を示唆する臨床症状が発現した、あるいは肺に基礎疾患があり出血や呼吸困難などの症状を呈した症例の3パターンです。
①の検診で見つかる場合は、初期であれば限局病変で無症状の症例もあり、軽症で経過観察となる例が多いですが、②は積極的な治療が必要な例が多く、③は進行していて緊急性が高い例が多いという特徴があります。いずれもこの10~20年で増えており、以前は感染症疑いの紹介来院といえば結核疑いが多かったですが、今では肺MAC症疑いのほうが圧倒的に多くなっています。
原患者数増加の要因は明らかではありませんが、CTの精度向上により肺MAC症を疑う所見が偶然発見される症例が増えたり、肺MAC症の認知が広がって肺MAC症疑いの受診が増えたり、また、人口の高齢化を背景に免疫力が低下した高齢者が増加したことなどが考えられます。近年は、がんをはじめさまざまな治療の過程で免疫が低下した患者さんも増えており、これも一因かもしれません。
司会難治化する肺MAC症にはどのような特徴がありますか。また、先生方のご施設での難治性肺MAC症診療について教えてください。
荒屋肺の空洞化や気管支拡張を伴う肺MAC症は、難治化するケースが多い印象です。基礎疾患に気管支拡張症や間質性肺炎などの肺疾患がある場合も、防御能の低下により難治化しやすいと考えられます。薬剤の問題としては、肺MAC症の再治療時にマクロライド耐性になる場合があり、これも難治化の要因です。さらに、先ほどもお話に出たように、RAと肺MAC症が併存する症例は治療選択が非常にむずかしくなります。
戸根肺MAC症そのものはcommon diseaseともいえますが、難治性肺MAC症の治療に関しては、当院では抗酸菌症診療を専門とする医師が中心となって、カンファレンスで患者さん全体の治療方針を決定する体制をとっています。
荒屋東京慈恵会医科大学の第三病院には結核病棟があり、抗酸菌症診療の長い経験があることに加えて、呼吸器専門医の多くは本邦の結核治療の中心である東京病院でも研修を受けています。また、附属病院では他院と連携して肺MAC症の臨床研究や病態解明の研究なども行われており、肺MAC症を含めた抗酸菌症診療について高い専門知識を有しています。このような背景から、前述のような難治性肺MAC症患者さんは、より専門的な診療を求めて紹介来院されることが多いです。
04|肺MAC症の治療開始時期の
判断と
国内の新たな治療指針
司会肺MAC症の治療開始のタイミングは、どう判断されていますか。とくに無症状の場合は見極めがむずかしいのではないでしょうか。
荒屋そうですね。無症状の場合は、必ずしもすぐに治療開始するわけではありません。実臨床では、空洞を認めなかったり、進行が緩徐であったり、病変の出現と消失を繰り返したりというケースでは、経過観察となることがよくあります。一方、無症状でも肺組織の構造破壊が進む場合は、治療開始する必要があります。
髙坂治療開始のキーワードは有症状、空洞、進行の3つだと私は考えています。咳や血痰をはじめとした症状や空洞、進行が認められれば、速やかに治療を開始します。まだ認められない場合には、この3つに注目しながら経過観察を続けます。
関経過観察の際は、画像検査に加えて、喀痰検査も定期的に行うことが非常に重要です。
戸根痰からの菌排出は、菌がどれだけ活発に増殖しているかを示す根拠になりますので、近隣で連携している一般呼吸器内科の先生に経過観察を依頼する場合にも、定期的な喀痰検査をあわせてお願いしています。
司会2023年6月に「成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解」が11年ぶりに改訂されましたが6)、肺MAC症の診療にはどのような影響があるでしょうか。
原これまで、肺MAC症は海外のガイドライン等にも進展が少ない状況でした。しかし、2020年にようやくATS/ERS/ESCMID/IDSAにより肺NTM症の国際ガイドラインが策定され7)、今回、本邦の見解もこれに準ずる形で改訂されました(表1)6)。一般呼吸器内科の先生方にも見やすく、わかりやすくなったのではないでしょうか。
髙坂本見解では、治療開始すべき病態が明示されています。治療開始が推奨される例として、喀痰抗酸菌塗抹陽性あるいは空洞のある例、一方、必ずしも治療を要さず注意深い経過観察を行う例として、喀痰塗抹陰性や排菌量の少ない症例、無症状例、空洞を認めない結節・気管支拡張型の軽症例が挙げられています6)。また、難治例に対するアリケイスの投与も明記され6)、実臨床に役立つ内容になっていると思います。
荒屋薬剤選択についても推奨が示され、従来はあまり使われてこなかったアジスロマイシンやアミノグリコシド系薬剤についても位置づけが記載されたことは、意義が大きいと感じています。
関具体的な治療指針を示していただいたことで、呼吸器専門医としては診療しやすくなりました。ただ、一般内科の先生方への本見解の周知は、まだ十分ではないようです。近年、肺NTM症で亡くなる方は増えていますが8)、肺MAC症ははじめから不治の病というわけではなく、早期に診断・治療すれば救えるケースが多いと私は思っています。このような機会を生かして、基本的な治療開始基準などを広く啓発することは、非常に重要と考えます。
表1
成人肺非結核性抗酸菌症化学
療法に関する見解― 2023年改訂 ―
(日本結核・非結核性抗酸菌症学会
非結核性抗酸菌症対策委員会、
日本呼吸器学会 感染症・結核学術部会)
05|アリケイス導入の実際と課題
司会2021年に発売されたアミカシン吸入液であるアリケイス注)は、前述の見解にも記載されるなど徐々に認知が広まっているようですが、ご施設での導入状況や本剤に対する期待、課題などはいかがですか。
関とくに、肺の基礎疾患や空洞を認める、症状が強いなどの要素のある肺MAC症患者さんは、一次治療で陰性化しないと緊急性が高い状態になり、死亡に至る例もあります。こうした症例にはアリケイス併用による治療強化が必要と考えています。
戸根大規模な国際共同試験により検証された薬剤であることは、アリケイスの治療の提案を後押しする根拠になると思います。ただ、アリケイスの導入状況はまだ十分とはいえず、おもに医療費の問題や吸入手技の煩雑さなどが障壁となっているようです。これらの障壁をどう乗り越えるかは課題ですが、費用については、高額療養費制度などを利用することで、患者さんの負担をある程度軽減させることができます。
原費用面で躊躇していた患者さんでも、医療費制度を利用した場合の実際の負担額を伝えると、導入に同意してくださることがありますね。吸入手技の煩雑さについては、Insmed社が提供する資材や解説動画9)などを利用しながら、具体的な手順をわかりやすく説明するようにしています。当院では、看護師が実演して見せたり、患者さんの理解度を確認したりしながら、医療スタッフ全体で連携して導入をサポートしています(図3)。
髙坂とくに動画は一般の方にも理解しやすいので、医師が視聴して内容を把握してから、患者さんに視聴をお勧めするとよいのではないでしょうか。
戸根実際にアリケイスを導入する際には、私は1回の外来診療では結論を出しません。患者さんと2~3回お話し合いをしたうえで、その意思を何回か確認するようにしています。治療は長期継続が必要になりますし、アミノグリコシド系薬剤に特有の腎機能障害や第八脳神経障害などの副作用に加えて、アリケイスの投与開始直後には発声障害をはじめとした吸入薬独自の副作用が発現しやすいので(表2)10,11)、それらを事前に説明し、患者さんの吸入手技の理解度も確認してから治療開始に踏み切っています。
荒屋呼吸器内科の医療スタッフも患者さんも、吸入薬を使う自宅での治療に慣れている方は多いです。アリケイスの導入には、喘息やCOPDでのデバイスを使う呼吸器内科の診療経験を生かせますし、自宅で治療できることは、治療継続の観点からも、患者さんにとってメリットになる要素だと思います。
表2
アリケイスの国際共同
第Ⅲ相試験(CONVERT試験)
における有害事象10,11)
06|肺MAC症診療の今後の展望
司会肺MAC症診療の今後の展望や、先生方が今後この領域で取り組みたいこと、期待することをお聞かせください。
関本日のお話にあったように、肺MAC症は早期の対処が重要です。今回の見解の改訂で示されたような治療指針が、われわれだけでなく、一般診療の先生方にも広く認知され、必要な患者さんへの積極的な検査と専門病院への紹介をしていただくことが、非常に大切だと思っています。
髙坂肺MAC症は、10~15年の経過で見ると致死的なケースもある疾患です。そうした難治例に対して、アリケイスという治療選択肢が登場したという点で、私も肺MAC症治療の進展に大きな希望を持っています。今後は、基礎疾患を治療中の患者さんや、治療で免疫が低下した難治性肺MAC症患者さんに対するアリケイス使用のデータ集積が待たれます。アリケイスはステロイドとの併用注意がないという点から、とくに、RA併存例に対する有用な投与法が確立されることを期待しています。
戸根肺MAC症の治療は数年の長期に及ぶこともありますので、アリケイスについては現在報告されているよりも、さらに長期的な安全性と有効性のデータ集積も望まれます。また、専門領域で肺MAC症に携わる立場としては、多岐にわたる患者さんの基礎疾患の治療を見直しながら難治性肺MAC症の治療をより進化させていくことが重要だと思っています。
原肺MAC症ではこれまで使える薬剤が非常に少ないことが課題だったところに、アリケイスという選択肢が追加されましたので、これを可能な限り積極的に使っていきたいと思っています。また、私は肺MAC症の病態解明に関する臨床研究、たとえば逆流性食道炎と非結核性抗酸菌症との関連性を調べる研究もしておりますので、そのような別の視点からも、肺MAC症の治療の改善につながる活動を続けていきたいと考えています。
荒屋今回、国内の治療指針が細かく明記されたことで、条件に当てはまる症例においては早期の治療開始が必要な疾患であるという認識がさらに高まりました。まずは私たち呼吸器専門医が、必要とされる難治性肺MAC症患者さんにアリケイスを導入して、実臨床での長期的な効果と安全性のデータを集積する立場にあると考えています。研究も含めた病診連携を深めつつ、この領域に知識やデータを積極的に還元できればと思います。
司会先生方のお話から、肺MAC症診療のむずかしさや課題、今後の治療環境改善への期待を知ることができました。本日はありがとうございました。
アリケイスの有効性・安全性情報については、電子化された添付文書をご参照ください。