座談会
坂上 拓郎 先生
熊本大学大学院生命科学研究部
呼吸器内科学講座 教授
濱田 昌平 先生
熊本大学大学院生命科学研究部
呼吸器内科学講座 特任助教
小宮 幸作 先生
大分大学医学部 呼吸器・感染症
内科学講座 准教授
坪内 拡伸 先生
宮崎大学医学部 内科学講座 助教
近年、肺MAC症の患者数が増加しており、呼吸器専門医のみならず、一般呼吸器内科医も連携してその診療を担う必要性が増してきています。また、新規薬剤の登場や治療指針のアップデートを背景に、肺MAC症診療にも変化が見えてきました。そこで今回、九州地区の呼吸器専門医の先生方をお招きし、肺MAC症診療の近況と地域連携、治療選択肢であるアリケイスの導入などについて伺いました。
開催日:2023年9月23日
開催場所:ANAクラウンプラザホテル福岡
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01|本邦の肺MAC症の動向
司会本日は九州地区の呼吸器専門医の先生方に、肺MAC症診療の動向と課題、今後の展望などについてお伺いします。まず、本邦の肺MAC症の動向についてご解説いただけますか。
坂上本邦では肺NTM症の罹患率が上昇し、結核の罹患率を超えて増え続けていますが1)、この起因菌の9割をMycobacterium avium complex(MAC) が占めています1)。MACはM. aviumとM. intracellulareの2種から成りますが、これらの比率には地域差があります。本邦では西に行くほどM. intracellulareの比率が高く、九州では約6割がM. intracellulareであるとされています(図1)1)。また、この2菌種は薬剤感受性や疾患重症度が異なるとも報告されていますので2)、将来的には菌種別の治療方針が取り入れられる可能性もあるかもしれません。
小宮肺MAC症患者の増加の要因は複数ありますが、疾患啓発が進んだことや画像検査から肺MAC症を疑われる例が増えたことなどが関連して、潜在患者が明るみになってきていると考えられます。本邦では胸部CTが汎用されていることを踏まえると、今後は、放射線科医への疾患啓発にも力を入れるべきかもしれません。
坂上肺MAC症を含む肺NTM症のリスク因子には、宿主側因子、菌側因子、環境因子があります。宿主側因子には、気管支拡張症やCOPD3)、喫煙4)、(最近は患者数が減っていますが)じん肺5)などが挙げられ、これらにより肺や気管支組織の構造が破壊されて局所的に免疫が低下すると、肺MAC症を発症しやすい素地になると考えられます。ほかには、中高年、女性、BMI低値、側弯なども主な宿主側因子として挙げられています3)。また、菌側因子として、重症化に関連する菌の遺伝子型なども報告されていますが6)、決定的な因子はまだ明らかではありません。
濱田環境因子に関しては、NTMは環境常在菌で土壌や水辺に広く存在し、浴室や庭の土にも生息します。NTMに対するアレルギー反応から過敏性肺炎を起こす肺NTM症もあり、当院では実際に、入浴によりアレルギー反応が誘発されたHot tub lungの例を経験しています。
図1
肺M. avium症と
肺M. intracellulare症の
国内分布(2014年):
M. intracellulare症の占める割合1)
02|肺MAC症診療の課題と
地域連携
司会肺MAC症の診療では、どのような点にむずかしさや課題を感じていますか。
坂上喘息などの慢性呼吸器疾患では明確な治療方針が確立されており、診断後は速やかに治療が開始されるのが一般的です。一方、肺MAC症は全例で治療が必要なわけではなく(図2)7-9)、治療開始の判断がむずかしいことがあります。そうしたなかで、2023年6月に「成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解」が改訂され(表1)、肺MAC症の治療開始基準が示されました10)。治療開始には個別に総合的な判断が必要ですが、基準がある程度明確になり、公に示されたことは大きな進歩です。
薬剤の問題としては、肺MAC症では多剤併用療法が基本であり、それぞれの薬剤の副作用への対応が必要で、なかには重篤なものもあるため、長期間の厳格な副作用管理が求められます。ここも、喘息やCOPDなどの吸入薬治療が基本となる疾患とは少し異なる点です。
濱田治療開始の総合的判断では、喀痰塗抹陽性の場合は治療開始を早める、無症状でもリスク因子を有する場合は潜在的な進行にとくに注意して追加検査をするなど、さまざまな検討が必要です。
小宮治療開始時においても、肺MAC症特有の難しさを感じることがあります。肺MAC症の治療は長期に及ぶので、治療開始前に十分な説明が必要です。多剤併用化学療法による副作用についても説明が必要ですが、一方でそれを強調しすぎると治療拒否につながりかねません。自覚症状に乏しい方には、画像所見を比較して見せるなどして病態の進行度をていねいに説明し、治療が必要な状態にあることをよく理解してもらうことが重要です。
濱田肺MAC症の経過は個人差が大きく、長期に進行がない例や増悪と軽快を繰り返す例が多いため、経過観察や治療の必要性を患者さんが認識しにくい面があります。「変化がないなら通院を止めたい」「よくなったから治療を中止したい」などと訴えられることもあります。そうした場合、私は「悪い菌は順調に減っていますが、ゼロにはなっていないので、もう少し頑張りましょう」などと説明し治療継続を促しています。
坪内肺MAC症患者さんは併存疾患を有することが多いのですが、これも治療をむずかしくする要因です。喘息やCOPDを併発する例では、症状が肺MAC症と併存疾患のどちらに由来するのか判断しにくいこともあります。また、肺MAC症を悪化させる可能性のあるステロイド薬を用いていることも多く、こうした患者さんの治療は呼吸器専門医が担う必要があるでしょう。肺MAC症患者さんは免疫力が低下していることも多いため、合併感染症にも注意が必要です。
司会患者数の増加に対応するために、肺MAC症診療においても地域連携が進められつつあるとのことですが、九州での地域連携についてはどうお考えでしょうか。
坂上一般呼吸器内科の先生方が肺MAC症疑い例に遭遇したら、いったんは呼吸器専門医にご紹介いただき、診断、治療の判断を任せていただければと思います。そして、治療導入後ある程度経過した例や、現状では治療が必要ではない例は逆紹介して、定期的に呼吸器専門医がそれをフォローするという方法が、地域連携の理想的な形ではないかと私は考えています。
濱田肺MAC症の治療には特殊な薬剤の使用や副作用の管理を伴いますので、そこは呼吸器専門医が担い、治療開始後の逆紹介のタイミングは、菌陰性化を確認し経過観察へと移行するぐらいの時期とすると、比較的安心ではないでしょうか。
小宮逆紹介の際には、行うべき検査とその頻度も具体的にお伝えしたほうがよいでしょう。また、経過観察中に再治療すべきか否かの判断が必要になれば、呼吸器専門医に速やかに連絡・相談できる連携体制を構築しておくとよいと思います。
坂上肺MAC症においても、他疾患のように連携パスが必要かもしれませんね。
坪内今も多くの肺MAC症患者さんが潜在していると考えられるため、一般呼吸器内科の先生方には、ぜひ、肺MAC症を積極的に疑っていただければと思います。最近は血液検査で肺MAC症の補助診断が可能ですので、定期的に実施して、そこで肺MAC症疑いと判断されたら、呼吸器専門医に遠慮なくご相談いただきたいと思います。
図2
肺MAC症の治療開始時期7-9)
表1
成人肺非結核性抗酸菌症
化学療法に関する見解
― 2023年改訂 ―10)
03|アリケイスの導入状況、
副作用の管理
司会近年の肺MAC症治療の変化の一つに、アミカシン吸入剤であるアリケイス注)の登場がありますが、先生方のご施設での導入状況はいかがでしょうか。
坪内アリケイスは、多剤併用療法による前治療で効果不十分な肺MAC症が適応症で、難治性患者さんが投与対象です。実臨床では、多剤併用療法を行った患者さんの3~4割が該当する印象です。理想を言えば、ここからアリケイスが奏効しそうな例を選び出し、肺組織構造の破壊が進む前に導入したいのですが、そうした判断はむずかしいのが現状です。そのため、私はアリケイスを難治性肺MAC症の標準治療の一つと捉えて対象者全例に説明を行い、同意が得られれば導入する方針をとっています。
小宮当院に紹介される肺MAC症の患者さんは、標準的な3剤併用療法の薬剤が耐性や副作用で使えなくなった難治例のほうが多いと思います。その場合はアリケイスのほかに、アミカシン点滴、フルオロキノロン系薬剤が主な選択肢になりますが10)、私は総合的な判断でこれらを使い分けています。一般的な患者背景に加えて、高額な薬剤費を負担できるか、吸入手技を十分に理解できるかなどを評価してアリケイスの適否を判断しています。
坪内認知症の方にはアリケイスの導入はむずかしいですが、要介護の方では、訪問看護師の協力により導入できた経験があります。アリケイスについて勉強した訪問看護師が、訪問時に週2回、実際の吸入状況を確認してくれています。
坂上医師がアリケイスの導入にどの程度の障壁を感じるかは、専門や経験などにもよりますが、使い慣れない場合や、患者数の少なさから導入を躊躇する場合は、呼吸器専門医にご相談いただければと思います。私は、可能な例では積極的に導入を検討したいと考えています。アリケイスは、先述の見解改訂でその位置づけが示されており(表1)10)、これは導入を検討するうえでとても心強い点です。
濱田実際にアリケイスを導入する際は、多職種の協働が重要と考えています。アリケイスは薬剤費が高額ですが、当院では、高額な薬剤を導入する際には医療事務スタッフが説明を担うこともあります。また、アリケイスは患者さん自身によるデバイス操作が必要ですが、当院では、たとえば自己注射を開始した患者さんは、次の来院時に実際の注射の様子を看護師に確認してもらうなどしており、アリケイス導入においてもこうした多職種による介入を取り入れたいと考えています。
坪内当院では、アリケイスの吸入手技や副作用の説明を数回に分け、1回あたり40分かけて行っており、そこは多職種による協力と、ご家族にもサポートをお願いしています。
司会アリケイス導入後の副作用については、どのように説明されていますか。
坪内重大な副作用として、過敏性肺臓炎や第8脳神経障害などが報告されており11)、これらの発現は定期的にチェックすることが重要です。第8脳神経障害の症状に難聴がありますが、高齢者では自覚しにくいこともあり、半年に1回は耳鼻科を受診することが勧められます。また、治療開始直後は発声障害や咳嗽、口腔咽頭痛などの吸入剤特有の副作用が発現しやすいので(図3)12)、導入前によく説明しておく必要があります。
小宮事前に説明しておくことで、いざ副作用が発現しても落ち着いて受け止められるかと思います。吸入剤は特有の副作用があるものの、肺の病変部に直接的に薬剤が届き、全身への曝露が抑えられるメリットがあります13)。説明の際には、メリットとデメリットを客観的にお伝えすると、それならばむしろ吸入剤を使いたいとおっしゃる方が少なくありません。
坂上副作用の説明の際には対処法もあわせてお伝えすることが勧められます。たとえば嗄声の対処法には、うがいやトローチ剤、吸入を夜に行うことなどが挙げられますが、ていねいにお伝えすることが患者さんの安心感や医療者への信頼につながると思います。
坪内吸入剤特有の副作用は、継続とともに消失していくことが多いので、患者さんがうまく乗り越えられるように導入前からフォローしたいですね。
図3
アリケイスの国際共同第Ⅲ相試験
(CONVERT試験)における
有害事象の発現時期12)
04|肺MAC症診療の今後の展望
司会最後に、肺MAC症診療の今後の展望について、先生方のお考えをお聞かせください。
濱田肺MAC症は難治化すると治療選択肢が非常に限られますが、アリケイスの登場により使える薬剤が増えて、少し閉塞感があったところにようやく新たな風が吹いてきたように感じています。先述の見解改訂も追い風となり10)、肺MAC症を治療しようという機運が高まってきているようです。また、先ほど少し話題に出ましたが、個人的には、今後は環境因子への介入の有用性についても、より積極的に検討していきたいと考えています。
小宮エビデンスレベルが十分に高い肺MAC症のガイドラインなどは、まだ確立はされていません。各学会での肺NTM症のセッションの熱量をみてもわかるように、肺MAC症の実臨床について学びたいと思っている一般呼吸器内科医の先生方は多い印象です。この機会を生かして疾患啓発を進めることで、一般呼吸器内科医の先生方が肺MAC症診療により積極的に携わってくださるようになることを期待しています。
坪内肺MAC症があまり注目されてこなかったころは、治療すべき患者さんが見逃されてきた面もあったと思います。そうした面も今後は改善して、より積極的に治療導入を検討する流れになるのではないかと期待しています。そのなかでエビデンスを蓄積し、治療成績の向上へとつなげていきたいと思います。
坂上今回のアリケイスのように、新薬が一つ登場することによって、大きく注目が集まり診療や研究の機運が高まるのは、非常に歓迎すべきことです。研究面においては、こうした新たな潮流が起爆剤となって、今までとは違ったコンセプトの肺MAC症研究が進められるかもしれません。新たな知見が最終的に患者さんのメリットへと還元され、幸せの総量が広がる流れになることを期待しています。
司会本日のお話から肺MAC症は課題のある疾患であることが認識されますが、だからこそ改善の余地があり、今後の展開が期待できる疾患といえますね。先生方、ありがとうございました。
アリケイスの有効性・安全性情報については、電子化された添付文書をご参照ください。