呼吸器領域における
肺MAC症の問題点
~地域連携を含めた
これからの診療~

福永 興壱 先生

福永 興壱 先生

慶應義塾大学医学部
内科学教室 呼吸器内科 教授

南宮 湖 先生

南宮 湖 先生

慶應義塾大学医学部
感染症学教室 専任講師

宮尾 直樹 先生

宮尾 直樹 先生

日本鋼管病院 呼吸器内科
副院長

八木 一馬 先生

八木 一馬 先生

東京歯科大学市川総合病院
呼吸器内科 講師

近年は、肺MAC症の疾患啓発が進みつつあるものの疾患知識の十分な浸透には至っておらず、治療の課題も複数残されています。今回、呼吸器および感染症領域で日本をリードする慶應義塾大学をはじめとする呼吸器専門医の先生方をお招きし、肺MAC症の近年の動向や診療課題、さらに、治療選択肢であるアリケイスの導入体制などについて伺いました。

開催日:2023年10月10日
開催場所:ステーションコンファレンス東京
提供:インスメッド合同会社


アリケイス®の販売名はアリケイス®吸入液590mgです

Summary of Discussion

  • 肺MAC症患者数は増加しており、画像検査をきっかけに診断されるケースが多いが、健診のX線検査や人間ドックのCT検査から検出されるケースも増えている。
  • 肺MAC症の治療方針はいまだ不明確な点があるものの、「成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解」の改訂により、治療方針や新規薬剤の適応が示された。
  • 肺MAC症治療を継続させるには、多職種によるチーム医療と地域連携で肺MAC症患者をサポートすることが重要である。
  • アリケイス導入開始直後は吸入薬に特有の副作用が発現しやすく、一時的な休薬をするなど、その管理のための個々の対応が必要なこともある。

01|肺MAC症の現状と課題

司会まず基本情報として、肺MAC症の疾患概念についてご解説をお願いします。

宮尾抗酸菌のうち、結核菌とらい菌を除いたものが非結核性抗酸菌(NTM)に分類され、150種類以上の菌があります。Mycobacterium avium complex(MAC)はNTMに属します。肺MAC症はMACによる呼吸器感染症で、結核とは異なりヒトからの感染はなく、土壌などからの曝露が多いと考えられています1)。病悩期間は長期に及ぶのが一般的ですが、治療薬は限られており、なかには重篤な経過をたどるケースもあります。一方、X線検査で初めて異常に気がつく無症状例も多いです。

福永気管支や肺の構造が破壊された肺疾患を基礎疾患として肺MAC症を発症したケースは難治化しやすいのですが、一方で、感染初期から経過観察を続け、適切な時期に治療を開始すれば、悪化はある程度防げる印象があります。

南宮肺MAC症の発症要因はあまり明確になっていませんが、MACを含むNTMは環境常在菌で、土壌のほかには水回りや浴室、シャワーヘッドなどから、ミスト状のMACを吸い込むことが重要な感染源と考えられています(図11,2)

福永 興壱 先生
福永 興壱 先生

福永肺MAC症を含む肺NTM症患者さんは本邦で増加しており(図23,4)、これは疾患認知度の向上に伴い、診断に至る患者さんが増えていることなどが背景にあると考えられます。最近は、健診や人間ドックのCT検査から初期の病変が見つかるケースが増えてきています。

八木日本と同様に、先日まで私が留学していた米国でも肺NTM症への関心は非常に高まっています。呼吸器系の学会では肺NTM症関連の演題が大幅に増え、講演会場には人が入りきらない状態でした。全米を対象とした肺NTM症の患者登録システムや患者支援団体なども設立され5,6)、活動の広がりを目の当たりにしました。

司会肺MAC症の治療では、どのような点に課題を感じていますか。

南宮肺MAC症は、治療対象か否かを判断する客観的な指標が確立されていないという問題があります。治療は患者さんの10~20年先の将来を見据えて考える必要がありますが、進行するかしないかの見極めはむずかしく、どういうタイプであれば治療開始すべきかがあまり明確になっていません。また、一般に治療期間は菌陰性化から1年以上とされていますが7)、それが真に適切かどうかもまだ十分な解析がなされているとはいえません。さらに、耐性菌の問題などもあり、治療課題はさまざまです。

宮尾無症状の患者さんの治療開始時期については、本当にむずかしいです。喀痰が採取できず、確定診断に至らないことが多いですが、気管支鏡検査は患者さんに負担がかかるため、気軽にできる検査ではありません。結果として、排菌を確認するまで待ってからの治療開始になりがちです。

八木このような状況のなか、2023年6月に「成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解」が改訂され(表17)、日本で肺MAC症の治療開始基準や病型別の治療法などが示されたのは、歓迎すべきことです。この改訂でも治療方針はまだ明確にはされておらず、課題は多く残されています。しかし、たとえばアジスロマイシンやアリケイスの適応が明記されたり、軽症例では間欠的治療も選択肢になることが追記されたりなど7)、これまで研究ベースで有用性が期待されていた治療法が新たに選択肢として加わったことは大きな進歩です。

福永アリケイスのような新規薬剤の使用法がこのように公に示されると、今後はその治療効果などについてデータ集積が進むため、それが最終的には治療法の進歩へとつながることが期待できますね。

南宮今回の改訂は前回から11年間の変化がまとめて反映された形ですが、今後はこの見解を足がかりに、肺MAC症の治療課題をいかに解決するかが重要になると考えます。

図1

NTMの生息環境1,2)

NTMの生息環境NTMの生息環境
  • 1)Falkinham JO Ⅲ. Clin Chest Med. 2015; 36(1): 35-41.
  • 2)Falkinham JO Ⅲ. Curr Environ Health Rep. 2016; 3(2): 161-167.

図2

本邦における肺NTM症
罹患率の年次推移3,4)
(1980〜2014年)

本邦における肺NTM症罹患率の年次推移(1980〜2014年)本邦における肺NTM症罹患率の年次推移(1980〜2014年)
  • 3)Namkoong H, et al. Emerg Infect Dis. 2016; 22(6): 1116-1117.
  • 4)日本医療研究開発機構. プレスリリース:呼吸器感染症を引き起こす肺非結核性抗酸菌症の国内患者数が7年前より2.6倍に増加―肺結核に匹敵する罹患率―. https://www.amed.go.jp/news/release_20160607-02.html(2023年4月28日 閲覧)

表1

成人肺非結核性抗酸菌症
化学療法に関する見解
― 2023年改訂 ―7)

成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解 ―2023年改訂―成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解 ―2023年改訂―
  • 7)日本結核・非結核性抗酸菌症学会 非結核性抗酸菌症対策委員会, 日本呼吸器学会 感染症・結核学術部会. 結核. 2023; 98(5): 177-187.

02|慶應義塾大学病院と関連施設に
おける
肺MAC症の診療体制

司会先生方のご施設での肺MAC症の診療は、どのような体制になっているのでしょうか。

福永肺MAC症は、呼吸器系の基礎疾患や薬剤による免疫低下が併存するケースが少なくありません。慶應義塾大学病院には臨床感染症センターもありますが、呼吸器疾患に属するものは特殊な感染症を除き、すべて呼吸器内科内で診療しています。これは、同じ科内で患者さんを共有するほうが内部でシームレスな動きが可能になり、より早い判断と治療ができるためです。

南宮 湖 先生
南宮 湖 先生

南宮慶應義塾大学病院への肺MAC症の紹介例は、緊急性が高いものは少ないですが、病変が広範、排菌量が多い、空洞やマクロライド耐性を有するなどの重症例が多いという特徴があります。標準的な3剤併用療法の効果が不十分で、アリケイスなどの新規薬剤を含めたほかの治療選択肢を、紹介いただいた時点から早期の段階で積極的に検討する必要があるケースが多くみられます。

八木東京歯科大学市川総合病院は地域の中核病院ですが、医師とコメディカルが連携して、多職種により肺MAC症患者さんをサポートしています。難治性の患者さんについては、より専門的な対応ができる大学病院にまず紹介し、治療方針や追加の検査の必要性などについて話し合い、治療は双方で連携して行う体制が構築されています。

司会一般呼吸器内科も含めた地域連携の課題としては、どのようなことが挙げられますか。

福永肺MAC症の専門的な知識をもつ医師の数が絶対的に不足しています。そのため、重症化してから大学病院に紹介されてくることがあり、専門医の負担が大きくなるケースもしばしば見受けられます。この状況を改善するには、専門医を増やすことだけでなく、一般呼吸器内科の先生方も肺MAC症の知識が得られるように疾患啓発を進めることが、非常に重要です。

南宮先述の通り、肺MAC症は進行するかしないかを診断時に見極めることがむずかしく、これは地域連携を進める際にも障壁になっていると感じます。一方、明らかに軽症に留まると予想できる患者さんについては、今後、われわれが地域連携による診療モデルを示し、それを全国的に波及させていければと考えています。とくに、ごく早期の患者さんを地域連携でいかに診療するか、どの程度の間隔で診療すべきかなどは、今後の検討課題です。

宮尾地域連携の一つとして、一般呼吸器内科の先生方に肺MAC症の経過観察をご依頼することも増えてきましたが、その際には、私はとくに喀血に注意することをアドバイスしています。肺MAC症患者さんの喀血はまれではなく、患者さんも慣れていることが多いのですが、なかには突然、大量の喀血を起こして急変するケースがあるので、十分に注意していただきたいと思います。

03|アリケイス導入と体制整備

司会アリケイス注)は、先述の見解改訂により肺MAC症への適用が公式に記載されましたが7)、本剤の位置づけや適応などについてはどのようにお考えでしょうか。

南宮アリケイスは国際共同第Ⅲ相試験で有用性が確認されており8)、肺MAC症の治療選択肢にエビデンスのある薬剤が加わったのは画期的なことだと評価しています。

福永アリケイスは吸入薬ですので、肺に高濃度の薬剤を送達して9)、効率良く治療できるというメリットがあります。吸入した薬剤が病変部位に直接的に作用することもあり、アリケイスの導入は肺MAC症治療に革新的な進歩をもたらす可能性があると考えています。
また、高齢者が増えていることから、吸入薬により在宅治療できる点もメリットが大きいでしょう。とくに地方は病院が遠方にあることも多く、在宅治療は肺MAC症治療においても今後のキーになると考えられます。

八木アリケイスは、多剤併用療法による前治療において効果不十分な肺MAC症が適応症で、多剤併用療法を実施しても菌が陰性化しない難治性患者さんが投与対象です7)。とくに空洞化を有する場合や、排菌量が多い場合などで、アリケイス併用のメリットが大きいように感じています。

南宮難治性というと本当に後がないような状態を指すこともありますが、先述の見解の改訂では、多剤併用療法を6ヵ月程度実施しても排菌が陰性化しないケースを難治性と定義しており7)、実臨床ではもう少し早期に難治性と判断することもあります。より早期からの治療強化が良好な転帰をもたらすケースもあるため、この「難治性」の捉え方には注意が必要です。

司会アリケイスの導入や治療継続にあたって注意すべきことがあれば、教えてください。

宮尾 直樹 先生
宮尾 直樹 先生

宮尾アリケイスは専用のネブライザを使用するため、当院では入院指導により導入しており、入院パスを用いて吸入手技やネブライザの管理方法などを指導しています。入院中は、生理食塩水を用いて一連の手技を練習してもらいます。導入当初は吸入薬に特有の副作用(咳や痰、嗄声など)が発現しやすいのですが(図310)、そこは看護師と薬剤師がサポートし、副作用の症状が強く出る場合には一時的な休薬を提案したりしています。アリケイス導入においてこのようなチーム医療の役割は非常に大きく、薬剤の説明、指導、副作用の相談など、それぞれにチームを作り協働できる体制を整備しておくことが重要と考えられます。

南宮チーム医療によるサポートはもちろん、アリケイスを継続するための最終的なキーは、やはり患者さんのセルフマネジメントです。ご自身で管理ができる方を対象にアリケイスを導入することも、治療継続の重要なポイントと考えています。

八木薬剤の副作用に関する説明も大切ですが、患者さんが副作用と思っていた症状が、実は病態の悪化によるものだったというケースもあります。そうした事態を避けるためには、どのような症状が出たら病院に連絡し受診すべきかを事前に説明しておくことが必須です。

宮尾治療効果の説明も重要ですね。アリケイスの効果が排菌量の変化に反映されるには数ヵ月を要することもあり、治療早期に効果がないと患者さんが落胆されないように、事前に説明しておくことが勧められます。副作用をある程度許容しながら効果が現れるのを待ち、その間、患者さんがモチベーションを保てるように指導するのが、治療継続のコツの一つではないでしょうか。

八木排菌量や症状に変化がなくても、CT検査や肺機能検査などでは改善がみられることもあるため、さまざまな切り口で効果を評価することも重要ですね。改善の兆候を把握しながら、粘り強く治療を継続する姿勢が求められます。

宮尾アリケイスは、当初の副作用を乗り越えれば、その後の継続は比較的スムーズな印象があります。副作用管理では、患者さんの仕事や日常生活への影響なども考慮しながら、適宜、無理のない投与方法を提案していくことも重要と考えられます。

図3

アリケイスの国際共同第Ⅲ相
試験(CONVERT試験)における
有害事象の発現時期10)

アリケイスの国際共同第Ⅲ相試験(CONVERT試験)における有害事象の発現時期アリケイスの国際共同第Ⅲ相試験(CONVERT試験)における有害事象の発現時期
  • 10)Griffith DE, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2018; 198(12): 1559-1569.
    【利益相反】本試験はインスメッドからの資金提供等による支援を受けた。

04|今後の展望

司会最後に、先生方の肺MAC症診療の課題や目標、期待と、慶應義塾大学病院呼吸器内科における感染症領域の今後の展望について、ぜひお聞かせください。

福永この領域で取り組むべきことは、まず医師はもちろん、一般の皆さんにも肺MAC症を知っていただくことです。それが早期発見・早期治療につながります。また、呼吸器の専門でない先生方には、むずかしい患者さんは、ぜひ早めに専門医にご相談していただきたいと思っています。

宮尾標準的な3剤併用療法の効果が認められない肺MAC症患者さんは一定数いらっしゃるので、そのような例では、より早期に治療の切替えができるようになることを願っています。アリケイスについても、早期から使用できるように、ガイドラインなどが後押しする形になればよいですね。

八木 一馬 先生
八木 一馬 先生

八木肺MAC症の疾患啓発は進んできているものの、医療機関によって診療レベルはまちまちです。多くの医療従事者が十分な知識を得られるよう、今後も疾患啓発を続ける必要があると考えています。また、さまざまな研究面の課題もあり、進行しやすい患者像、治療すべき対象、治療終了時期、アリケイスの好適応例などを、明らかにできればと思っています。

南宮私は本分野の研究もしておりますので、肺MAC症のリスク因子を明らかにして、それを治療薬の開発へとつなげていければと考えています。また、臨床エビデンスの集積も進めたいと思いますが、そのためには日本全体、さらには世界の仲間たちとも協働する形で進めていくのが理想的で、そのシステムも構築したいと考えています。

福永肺MAC症を含む感染症は肺から発症することが圧倒的に多く、そこを制御するためには、呼吸器内科と感染症を切り離すことはできません。また、感染症は薬剤投与に伴う免疫低下とも関連することから、呼吸器内科と他科との連携も欠かせません。さらに、多職種によるサポートも非常に重要ですし、医療連携のみならず、医工連携をはじめさまざまな分野との連携も求められ、そうした協働が今後の肺MAC症治療の進歩の要になると考えられます。慶應義塾大学呼吸器内科としても、今後、こうした連携をより促進させていければと思っています。

注)効能又は効果
適応菌種:アミカシンに感性のマイコバクテリウム・アビウムコンプレックス(MAC)
適応症:マイコバクテリウム・アビウムコンプレックス(MAC)による肺非結核性抗酸菌症
効能又は効果に関連する注意
本剤の適用は、肺MAC症に対する多剤併用療法による前治療において効果不十分な患者に限定すること。

アリケイスの有効性・安全性情報については、電子化された添付文書をご参照ください。

REFERENCES
  1. Falkinham JO Ⅲ. Clin Chest Med. 2015; 36(1): 35-41.
  2. Falkinham JO Ⅲ. Curr Environ Health Rep. 2016; 3(2): 161-167.
  3. Namkoong H, et al. Emerg Infect Dis. 2016; 22(6): 1116-1117.
  4. 日本医療研究開発機構. プレスリリース:呼吸器感染症を引き起こす肺非結核性抗酸菌症の国内患者数が7年前より2.6倍に増加―肺結核に匹敵する罹患率―. https://www.amed.go.jp/news/release_20160607-02.html(2023年4月28日 閲覧)
  5. Bronchiectasis and NTM Research Registry. https://www.bronchiectasisandntminitiative.org/Research/Registry/Bronchiectasis-and-NTM-Research-Registry(2023年11月3日 閲覧)
  6. NTM ir. https://ntminfo.org/(2023年11月3日 閲覧)
  7. 日本結核・非結核性抗酸菌症学会 非結核性抗酸菌症対策委員会, 日本呼吸器学会 感染症・結核学術部会. 結核. 2023; 98(5): 177-187.
  8. 社内資料:国際共同第Ⅲ相試験(INS-212試験)[承認時評価資料].
  9. 社内資料:臨床薬理試験(ICPD-00494-2試験)[承認時評価資料].
  10. Griffith DE, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2018; 198(12): 1559-1569.
アリケイス.jp