座談会
木島 貴志 先生
兵庫医科大学病院 主任教授
南 俊行 先生
兵庫医科大学病院 准教授
高橋 良 先生
兵庫医科大学病院 講師
永野 達也 先生
神戸大学医学部附属病院 講師
桂田 直子 先生
神戸大学医学部附属病院 助教
髙園 貴弘 先生
長崎大学病院 准教授
肺MAC症診療では、近年、新薬の登場や成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解が改訂されるなど新たな展開がありましたが、いまだ明確な基準が示されていない点もあり、残された課題は少なくありません。そうした状況で肺MAC症患者の増加は続いており、地域連携による診療の重要性がますます増しています。そこで今回、肺MAC症の地域医療向上をリードされている兵庫県および長崎県の大学病院から呼吸器専門医の先生方をお招きし、肺MAC症の動向と課題、地域連携、また、治療選択肢であるアリケイスについてお話を伺いました。
開催日:2024年2月21日
開催場所:ホテル ラ・スイート神戸ハーバーランド
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01|本邦の肺MAC症の動向と
実臨床における課題
司会本日は肺MAC症診療の動向と課題、地域連携のあり方などについてお伺いしたいと思います。まずは、日本の疫学についてご解説をお願いします。
髙園Mycobacterium avium complex(MAC)には西日本と東日本で菌種構成比が異なるという特徴がありますが(図1)1)、これはMACの生育が気候や土壌の影響を受けるためと考えられます。近年は、菌種により病原性が異なることも明らかになってきました2)。
肺MAC症の患者数は年々増えており1,3-4)、この理由は明確ではありませんが、高齢化や疾患認知度の向上に伴って診断例が増えたことなどが、大きく関連していると推測されます。移植医療や免疫抑制療法が進み、免疫が低下している症例が増えたことも関連しているでしょう。
木島抗MAC抗体検査が保険適用になったことや、肺MAC症の新薬が登場し医師が診断に積極的になったことも要因ではないでしょうか。たしかに生物学的製剤などの影響で他科からの紹介来院数は増えていますが、肺MAC症患者さんが急増しているというよりも、「診断される患者数」が増えているという印象です。
永野神戸大学医学部附属病院では新規の患者数はさほど変わっていないものの、経過観察を継続するケースが多いため、診療する患者数は年々増加しています。そのため、肺MAC症診療においても地域連携が非常に重要になってきています。
司会肺MAC症の診療ではどのような点に課題を感じていますか。
髙園肺MAC症は無症状例が多いのですが、経過観察は画像によるフォローアップが主体で、バイオマーカーは確立されていません。また、よく問診すると実際は無症状ではないケースがあります。
木島症状が乏しい患者さんは、治療への同意が得にくいという問題もあります。治療は長期継続が必要になるため、副作用への懸念から、治療開始をためらわれることが少なくありません。
桂田治療開始のタイミングが明確に定められておらず、また、治療しても必ずしも治癒するわけではない点も課題です。髙園先生は、症状が乏しいケースで、治療開始の指標などは決められていますか。
髙園肺MAC症は慢性疾患で、悪化に伴い体重が減少していきますので、私は画像所見とともに、フレイルやBMIなども参考にしています。
司会どのようなケースが難治化しやすいのでしょうか。
南線維空洞型、排菌量が多い、ステロイドや免疫抑制薬を使用している、服薬アドヒアランスが不良、副作用で標準治療を実施(継続)できない症例などで難治化しやすいと感じています。治療に難渋するうちにフレイルとなり、対応が難しくなることもあります。
高橋兵庫医科大学病院の難治例は、病歴10年以上の紹介例がほとんどで、その多くが副作用で標準治療を継続できなかった方です。排菌量が増えて空洞が形成されると、他の治療を導入しても反応が悪く、難治化する傾向があります。より早期から副作用が少なく継続しやすい薬剤を導入できれば、肺MAC症の予後も改善するのではないかと思います。
司会肺MAC症の治療方針について、近年の動向はいかがでしょうか。
髙園近年の大きな変化に、アミカシン点滴とアジスロマイシンの保険適用や、アミカシン吸入薬であるアリケイスの登場があります。また、2023年に成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解が改訂されて、肺MAC症の治療レジメンが病型別に示され、薬剤の間欠投与や、マクロライド+エタンブトールの2剤併用療法というオプションについて記載されたことなどが挙げられます(表1)5)。難治例に対しては、アリケイスまたはアミノグリコシド注射薬の併用が推奨されました5)。なお、多剤併用療法を6ヵ月以上実施しても効果不十分な場合が難治例とされていますが5)、ドラッグデリバリーシステムの観点からも、より早期から吸入薬の導入を検討することも一案ではないかと個人的には考えています。
桂田抗MAC抗体の測定は早期診断に非常に有用と感じています。また、神戸大学医学部附属病院では、画像所見の悪化があり痰が排出されないケースで、早期診断のために気管支鏡検査を行っています。
南従来は、結節・気管支拡張型は喀痰抗酸菌塗抹陽性でも経過観察をすることが多かったです。しかし、先述の見解で治療指針が示された5)ことを受けて、今では積極的に治療を考えるようになりました。線維空洞型の場合はできるだけ早期の確定診断と治療開始が好ましいと考え、診断がつかない場合には気管支鏡検査を提案して、早期診断を促しています。
高橋ただ、肺MAC症は必ずしも全例に早期治療が適しているわけではありません。無症状では治療の同意が得にくいですし、どのようなタイプが進行しやすいのかもまだ明らかではなく、経過観察中に悪化を認めてからの治療開始が現実的なケースもあります。
図1
肺M. avium症と
肺M. intracellulare症の
国内分布(2014年):
M. intracellulare症の占める割合1,4)
表1
成人肺非結核性抗酸菌症
化学療法に関する見解
― 2023年改訂 ―5)
02|地域医療向上への課題
司会地域の内科・呼吸器内科でも肺MAC症の診療を担うことが重要になってきていますが、兵庫県での状況はいかがでしょうか。
木島地域の内科・呼吸器内科では肺MAC症の診療を敬遠されることが少なくなく、結果的に大学病院に紹介例が蓄積しています。経過観察は診療所が担い、症状があれば大学病院に紹介するのが理想ですが、そうした連携はまだ十分ではありません。
南一般内科の先生方に対し、肺MAC症の自然経過についての周知はまだ不十分なのかもしれません。そうなると、どのタイミングで紹介すべきか判断が難しいでしょうし、われわれ専門医から明確な紹介基準を提示できていない問題もあります。
永野わずかな悪化でも大学病院へ紹介されることがありますから、他科の医師に対しても、肺MAC症の転帰についてもっと啓発を進める余地があると感じています。呼吸器専門医側からも、経過観察を継続できる画像所見などの基準を示し、詳細な依頼とともに逆紹介する必要があると思います。
高橋兵庫医科大学病院で過日実施したアンケート調査では、呼吸器専門医が在籍するほとんどの施設が、慢性呼吸器疾患の画像検査や喀痰検査を担うことが可能と回答してくれました。今後は、こうした施設への逆紹介に積極的に取り組むことも一案です。
永野併存疾患を有する場合は他科と連携して診療しますが、通常はQoLを第一に考えて、予防よりも、症状がより強い併存疾患を優先的に治療するのが基本となります。
高橋当院では、腎移植後に肺MAC症を発症した紹介例が少なくありません。そのような場合は免疫抑制薬と肺MAC症治療薬の薬物相互作用を考慮する必要があるため、泌尿器科と連携して治療しています。
髙園海外では、移植に伴う感染症専門の診療科があります。移植前から感染症予防のための介入を積極的に行うことが珍しくないのですが、日本では施設によって対応にばらつきがあり、この点も今後、啓発が必要だと感じています。
03|アリケイス導入の実際と
臨床的位置づけ
司会近年の肺MAC症治療の大きな変化の1つにアリケイスの登場がありますが、先生方のご施設では、どのように導入していますか。
桂田神戸大学医学部附属病院では、まず外来でアリケイスの吸入手技の動画を見てもらい、その後に2泊3日の入院指導により導入しています。事務的なことは医療事務、手技の指導は看護師が担います。吸入の練習には生理食塩水を用い、実薬を用いて正しく吸入できていることを退院日に確認しています。
髙園若年患者さんは外来導入を希望することが多く、長崎大学病院では入院導入か外来導入を選択できるようにしています。入院導入では、入院時にアミカシン点滴を併用しつつ、生理食塩水でアリケイスの吸入を練習してもらい、退院後にアリケイスの併用に切り替える治療方針を採用しています。外来導入は事前の日程調節を要しスタッフの負担は大きいのですが、薬剤師がマンツーマンで説明し、導入後も薬剤師がフォローする体制をとっています。いずれにしても、手技をいったん習得すれば、その後は慣れて吸入治療を継続できる方が多い印象です。
南従来の薬剤を副作用で継続できなかったり、病状の悪化を実感していたりする方は、新規薬剤への期待が高いので、外来でも導入しやすいように感じています。
桂田ご家庭で食器洗浄機を使っている主婦の方などは、デバイスの洗浄手技の習得もスムーズな印象です。一方、リウマチで手指が不自由な方や、ご家族のサポートが得られない単身高齢者では、困難になりがちかもしれません。
司会アリケイスのメリットやデメリット、実際に使用されての印象はいかがでしょうか。
木島吸入薬という面では、肺に高濃度の薬剤を送達する6)ことで全身性の副作用を軽減でき、在宅で治療できるというメリットがあります。一方、手技が煩雑なため、毎日の治療を煩わしく感じる方もいらっしゃるようです。
南薬剤費が高額な点や、治療初期に吸入薬に特有の副作用(咳や痰、嗄声など)が発現しやすい点(図2)7)が、導入のハードルになっていると思います。しかしながら、難治性患者さんは新たな治療薬に強く期待していて、受容性はわれわれの予想よりも良好なようです。実は医師のほうがこうした課題を大きく捉えて、導入を躊躇していた面があるのかもしれません。
桂田嗄声などの副作用による脱落を防ぐためには、朝食前に吸入する、トローチ剤を処方するなど工夫し、最初は副作用が出やすいけれど徐々に軽減されることが多い7)ことを事前に説明しておくことが重要だと思います。
南最初の2ヵ月間を乗り越えれば、その後はしだいに慣れていき、使用を続けてくださる方が多い印象です。
永野アリケイスは、大規模な国際共同試験により検証された薬剤であり(図3)8)、このような治療選択肢を普及させるには、患者側と医師側の双方のハードルを下げる努力が必要です。新たに導入するのは易しいことではないですが、そこはわれわれが啓発活動により後押しする必要があるでしょう。患者側のハードルを下げるには、従来の治療を開始した時点から「これで菌陰性化しなかったら、次はアリケイスを考えましょう」と伝え、その後も時折リマインドしておくなど、伝え方を工夫することも重要です。
木島患者さんのなかでは肺MAC症は良性疾患という認識が強く、それが治療の妨げになることがありますね。このため、放置すると予後不良になる可能性があるということも、早期から伝えたほうがよいと思います。
髙園肺MAC症は長く症状に苦しむこともありますので、可能性のある選択肢にトライすることは非常に重要です。肺構造が破壊されると薬剤の移行性が不良になりますし、フレイルになり免疫が低下すると治療効果も得にくくなりますので、そこに至る前にアリケイス導入を検討できればと思います。
図2
アリケイスの国際共同第Ⅲ相
試験(CONVERT試験)における
有害事象の発現時期7)
04|肺MAC症診療の今後の展望
司会最後に、近年の肺MAC症診療の進化に伴う先生方の意識の変化、今後の期待や課題などについて、お聞かせください。
高橋これまでは副作用で標準治療を断念するケースが少なくなかったのですが、先述の見解改訂で新たな薬剤や治療法が推奨されるようになり5)、これは非常によい展開だと考えています。本日も何度か言及されたように、難治化してからでは治療効果が得にくくなるケースがありますので、アリケイスについては、将来的には初回治療から導入できるようになることを期待しています。
永野今後、肺MAC症の認知度がさらに上がり、患者数もさらに増える展開が予想されますが、これまでの見解5)を裏付けに、説得力を持って治療を勧めたり、治療の見通しを共有したりしやすくなったことは、大きな進歩と感じています。こうした状況で、逆紹介を念頭に置いた連携は非常に重要になっていくと考えます。今後は、バイオマーカーが確立されて、紹介基準が明確になれば理想的ですね。
木島今のひっ迫した呼吸器内科の状況を鑑みると、これからは内科医であれば誰でも肺MAC症を診療できるくらいに、啓発を進めていくべきだと思います。
桂田肺MAC症のリスク因子の研究が進み、たとえば、お風呂の追い焚き機能を使わなければリスクがどれだけ下がるかなど、患者さんの生活に直結した基準や指針が明らかになれば、啓発もより進みやすくなるのではないでしょうか。
南肺MAC症の診療を担う医師のすそ野を広げるなかで、アリケイスの導入についても医師の意識を変えて、より積極的に取り組んでいければと思っています。
髙園今まで呼吸器専門医のみが行っていた治療が、見解として公に示された5)ことの意義は大きく、肺MAC症治療を担うことへのハードルは今後下がっていくのではないでしょうか。薬剤開発については、将来的にはマクロファージに作用して免疫を賦活するような治療が可能になればと期待しています。
高橋これまで昔ながらの薬剤を使って専門医だけが担ってきた肺MAC症診療は、変わりつつあります。将来的には、多くの選択肢のなかから患者さんと相談しながら、より適した治療法を選択できる時代が来ることが期待されます。
司会先生方のお話から、肺MAC症診療にはさまざまな課題が残されているものの、治療法の進歩に伴う新たな展開もみられ、今後さらなる発展が期待できる状況にあることがわかりました。本日はありがとうございました。
アリケイスの有効性・安全性情報については、電子化された添付文書をご参照ください。