呼吸器領域における
肺MAC症の問題点
〜疾患啓発と医療の
均てん化の重要性〜

丸毛 聡 先生

丸毛 聡 先生

公益財団法人田附興風会 医学研究所
北野病院 病院長補佐・
呼吸器内科部長・感染症科部長・
感染制御対策室長

田辺 直也 先生

田辺 直也 先生

京都大学医学部附属病院
呼吸器内科/リハビリテーション科 助教

小林 岳彦 先生

小林 岳彦 先生

独立行政法人 国立病院機構
近畿中央呼吸器センター
呼吸器内科/呼吸器腫瘍内科
治験管理室長

大塚 浩二郎 先生

大塚 浩二郎 先生

社会医療法人神鋼記念会 神鋼記念病院 部長 呼吸器内科 科長

東 正徳 先生

東 正徳 先生

大阪府済生会中津病院 呼吸器内科
副部長

立川 良 先生

立川 良 先生

地方独立行政法人 神戸市民病院機構
神戸市立医療センター中央市民病院
呼吸器内科部長代行 呼吸器リハ専任医

本邦の肺MAC症患者は急増し、呼吸器科診療における肺MAC症の位置づけはこれまでとは異なってきています。また、医療環境の変化や「成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解」の改訂、新薬の登場などの新たな展開もあり、肺MAC症診療のあり方も変化しつつあります。一方、いまだ解決されていない課題は残存しており、さらに、近年の変化に伴う課題も生じています。今回、近畿地方の呼吸器専門医の先生方をお招きし、近年の肺MAC症患者の動向を踏まえて、現在の診療課題とその解決策についてご意見をいただきました。

開催日:2024年6月5日
開催場所:インターコンチネンタルホテル大阪


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Summary of Discussion

  • 肺MAC症は治療開始の判断がむずかしい場合があるが、治療開始のタイミングを逃し重症化する症例もあるため、早期治療の意義を考慮することは重要である。
  • 肺MAC症例の経過を予測することはむずかしいが、広い視野で長期経過を予測し、肺MAC症がその症例に及ぼす生涯の影響を考慮するようにしたい。
  • アリケイスの導入にあたっては、具体的なノウハウを広め、効率的に導入できる体制整備に努めることが一案である。
  • 肺MAC症が難治化しても、臨床症状が乏しければ患者さんは危機感をもちにくく、治療方針の変更に抵抗を示すことがある。この背景には疾病知識の不足があると考えられ、必要な治療を必要な方に確実に届けるには、患者、医師ともに十分な教育が重要である。

01|本邦の肺MAC症患者の動向

司会本日は、近年の肺MAC症の動向、診療における課題とその解決策についてお話し合いいただきたいと思います。まず動向について、本邦では肺NTM症(肺MAC症)患者さんが急増していますが1)このような状況は、日常診療にどう影響しているのでしょうか。

肺MAC症を診察する機会は、この10年でかなり増えたと感じています。中津病院の肺MAC症のうち新患は3分の1~半数程度で、残りの半数以上は治療中や経過観察中の患者さんが占めています。患者さんはどんどん累積している印象がありますね。

小林私は主に慢性感染症を診療していますが、現在は、全体の2割強~3割弱を肺MAC症が占めているのではないかと思います。

大塚私が診療する肺MAC症のうち重症例は10%程度ですが、その方々の通院間隔は2週間~1ヵ月と短いため、近年は重症例を診察する機会も多く感じます。

田辺 直也 先生
田辺 直也 先生

田辺私はCOPDや喘息を専門として大学病院に勤務していますが、肺MAC症専門医の先生方が手一杯なのは傍から見てもわかります。疑い例の経過観察は自身で担っていますが、その経過観察が長期に及ぶ例が少なくありません。

立川こうした患者増加の背景には、CTの普及により偶発的に肺MAC症が発見される機会が増えたことや、診療科の分業制が進んで肺MAC症疑い例の専門医への紹介が促されたことなどが、関連しているのではないかと私は考えています。

田辺また、医療の進歩により、抗がん剤や免疫抑制薬を投与された患者さんでも長期間生存できる方が増えています。免疫抑制下で長期間が経過するなかで、肺MAC症を発症するケースも増えているのではないでしょうか。

02|肺MAC症診療の課題

司会肺MAC症は、診断されてもすぐには治療開始にならないケースが多く、治療開始の判断図12-4)がむずかしいという声をよく耳にしますが、実際はいかがでしょうか。

丸毛 聡 先生
丸毛 聡 先生

丸毛昨年「成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解」が改訂されて、肺MAC症の治療基準が発表され、治療開始基準についても言及されました表15)しかし、本見解でも治療効果や疾患活動性の指標とされたのは主に排菌で、疾患進行や治療時の明確な指標はいまだ示されていません。
肺MAC症はどのような経過をたどるか予想がむずかしく、無症状で軽症の方には治療開始を強く勧めにくいという問題があります。治療開始し副作用が発現すると、体調やQOLが治療によってむしろ悪くなったと、患者さんが捉えてしまうリスクもあります。

大塚一方、治療開始のタイミングを逃して重症化すると、患者さんが苦しむことになります。そうした事態を避けるには、早めの治療開始を視野に入れながら経過観察することも重要と感じています図26)

立川2~3年くらいではわずかな変化しかなくても、5~10年と経過するなかで、命に関わる状態に至るケースもあります。しかし、肺MAC症の診療経験が浅い先生がこうした長期的な転帰を予測することはむずかしいですから、ここは教育が必要と考えられます。また、治療開始の判断は、医師間、施設間で考え方に大きな差があるようなので、共通認識を広めて医療の均てん化を図る必要があると感じています。
将来的な病勢悪化が予測されても、現時点で自覚症状がなければ、治療を拒否する患者さんがいることも課題ですね。医師が経過を見通していても、それを患者さんに理解していただくのがむずかしいことがあります。

丸毛治療の困難さについてはさまざまな要因がありますが、私は、肺MAC症の診療を長期に担い、経過観察中に悪化する症例を複数経験したことで、治療の必要性を実感するようになりました。北野病院では、排菌が認められたら治療開始を勧め、ためらう患者さんもなるべく説得しています。ひとまず治療を開始し、副作用が出現したらその段階で治療を再考するという方針を取っています。

大塚私は、その方が肺MAC症により亡くなる可能性があるか、どのような悪影響が生じる可能性があるかを考慮して、長期的な治療方針を考えるようにしています。20~30年先まで考えて治療が必要と判断すれば、たとえ現時点で無症状であっても、治療開始するよう患者さんを説得しています。

立川かつては高齢の肺MAC症患者さんは治療しないのが一般的でしたが、今はこの認識も変わってきていますね。高齢患者向けのレジメンも普及してきていますし、私自身も治療してQOLが改善した高齢患者を経験しています。年齢だけに捉われず、必要に応じて治療を検討する柔軟な姿勢が重要であることを実感しています。

小林 岳彦 先生
小林 岳彦 先生

小林肺MAC症の治療による生命予後改善を示したデータがないため、超高齢患者は治療しないのがこれまで一般的でした。しかし、息切れや血痰、喀血で苦しむ高齢患者さんに治療介入すると、QOLが改善することが少なくありません。私も、治療開始の要否を年齢だけで区切るべきではないと考えています。

司会そのほかに、肺MAC症の日常診療で課題を感じるのはどのような点でしょうか。

丸毛病診連携がまだ十分に広がっておらず、逆紹介がむずかしい点は課題の一つと感じています。連携していただける呼吸器内科の先生方を増やし、診療する医師の母数を増やしていかなければいけないと考えています。

田辺逆紹介の際には、たとえば画像検査の頻度を具体的に指定する、どのような状態になったら再び紹介すべきかを具体的に示しておくなど、ある程度のわかりやすい指針があれば、専門医でなくても引き受けやすくなるのではないでしょうか。

立川私の場合は、軽症肺MAC症の活動性が乏しい例でも、経過を3年ほど確認します。安定した状態になれば連携先に逆紹介し、胸部写真を半年~1年ごとに確認することと、進行があれば再紹介いただくことをお願いしています。もし画像検査による経過観察が可能であれば、かかりつけの診療所に逆紹介をお願いすることもあります。

小林先ほど治療開始の判断が医師間、施設間で統一されていないというお話がありましたが、それは診療全般にいえることで、その均てん化を図ることも課題と感じています。「成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解」5)もまだ十分に浸透しておらず、診療・治療に差が生じているのが現状です。

丸毛私もこのような状況に危機感を覚え、とくに経験の少ない若い先生への啓発・教育の必要性を痛感し、「寺子屋」と名づけた肺MAC症のレクチャーを院内で開始しました。

図1

肺MAC症の治療開始時期2-4)

肺MAC症の治療開始時期肺MAC症の治療開始時期
  • 2)中川拓, 小川賢二. 呼吸器ジャーナル. 2018; 66(4): 608-615.
  • 3)日本結核病学会 編. 結核・非結核性抗酸菌症診療 Q&A. 南江堂;
    2014. pp.136-137.
  • 4)日本結核病学会 編. 非結核性抗酸菌症診療マニュアル. 医学書院;
    2015. pp.76-88.

表1

成人肺非結核性
抗酸菌症化学療法に
関する見解― 2023年改訂 ―:
肺MAC症の治療5)

成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解― 2023年改訂 ―:肺MAC症の治療成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解― 2023年改訂 ―:肺MAC症の治療
  • 5)日本結核・非結核性抗酸菌症学会 非結核性抗酸菌症対策委員会,
    日本呼吸器学会 感染症・結核学術部会. 結核. 2023; 98(5):
    177-187.

図2

肺NTM症の
早期診断の意義6)

肺NTM症の早期診断の意義肺NTM症の早期診断の意義
  • 6)日本結核病学会 編. 非結核性抗酸菌症診療マニュアル. 医学書院;
    2015. pp.59-74.

03|アリケイスの登場と普及

司会近年の肺MAC症治療の進展の一つに、アミカシン吸入薬であるアリケイス注)の登場がありますが、その導入状況はいかがでしょうか。また、導入の際に課題に感じることなどはありますか。

丸毛北野病院での導入経験はまだ多くないのですが、アリケイスを普及させるには、まずは導入のノウハウを浸透させるのが効率的と思います。そして、外来でスムーズに導入できる体制を整備して、より効率化を図っていければと考えています。

大塚 浩二郎 先生
大塚 浩二郎 先生

大塚アリケイスは、喘息などのほかの吸入薬とは手技や管理が異なるところがあり、患者さんがこの取り扱いをマスターするには、やはり医療者側の技術が重要と思われます。患者教育をゼロから外来で行うのは、ハードルがとても高いのではないでしょうか。神鋼記念病院では、他院が作成したアリケイス導入のための入院パスを応用させていただく形で、ノウハウを学んで導入に至りました。

中津病院は吸入指導ネットワークに加入しており、吸入指導に精通したスタッフが複数名在籍しているため、彼らを中心としてアリケイス導入のためのチームを結成しました。導入はまだ始まったばかりですが、クリニカルパスやフローも作成し、体制は整備できています。吸入指導の経験があるということは、やはりアリケイス導入においても強みになると思います。

小林導入の課題については、アリケイスは薬剤費が高額で、患者さんによっては経済的理由から導入をためらわれることがあります。アリケイスは、多剤併用療法を6ヵ月以上実施しても効果不十分な難治性の肺MAC症患者に対し使用が推奨されていますが5)、患者さんの感覚では、6ヵ月程度の治療では自分が難治であるという認識はもちにくいでしょう。高価な薬剤を使う心づもりがまだできていないという心理的なハードルがあるようです。

丸毛ガイドラインなどの整備が進み、肺MAC症の難治例に対して、より早期から積極的な治療が推奨されるようになれば、標準的な3剤併用療法だけでないレジメンに対する患者さんの抵抗感もやわらぐかもしれませんね。

田辺アリケイス導入をためらう患者さんには、肺MAC症が進行した場合の転帰を明確に説明することが重要だと思います。たとえばがんであれば、無症状で何も説明していない段階でも、多くの患者さんは進行したらどうなるかをすでに理解しています。そのため、高額な医療費も許容しやすいのですが、肺MAC症に対する患者さんの知識は往々にして乏しく、危機感をもちにくいという問題があります。ここは、患者さんとの情報共有や社会的な啓発を通して、改善に努めたい点です。

丸毛日本結核・非結核性抗酸菌症学会が中心となって、われわれ専門医は肺MAC症を含む肺NTM症のさまざまな社会的な啓発に取り組んでいますし、長崎の年次総会に合わせて、肺NTM症を啓発する広告を路面電車に掲載するなどのインスメッド社の活動も行われています図3)。これらはすぐに結果が出る活動ではありませんが、疾患認知度の向上や一般のみなさんに関心をもってもらうきっかけ、疾患理解への誘導になればと考えています。

立川 良 先生
立川 良 先生

立川医療者側も肺MAC症の長期経過について十分な知識がないと、自覚症状のない段階から、高額な薬剤は勧めにくいかもしれません。しかしながら、放置すれば数年後には命に関わる症例だと判断した場合は、患者さんが抵抗感を示しても、医療者側は熱意をもって治療の必要性を粘り強く説明することが重要ではないでしょうか。

田辺治療を患者さんに勧める際、医師がその治療効果をどれくらい信頼しているかは、言外に患者さんに伝わるように感じています。医師自身が自信をもって提案するということも、重要なポイントだと思います。

小林私の場合は、アリケイスの使用例が増えるとともに成功体験を積み重ねてきたこと、また、アリケイスの効果が良好に得られる患者さんのタイプが経験的につかめてきたことで、患者さんにアリケイスをより積極的に勧めやすくなりました。

丸毛費用以外に、吸入手技の煩雑さも、アリケイス導入の障壁になっていると思われます。手技を面倒に感じて導入を拒否する患者さんがいらっしゃいますが、この問題にも、患者さんの疾患知識の不足が関係していると私は考えています。悪化したらどうなるかという危機感が弱いのだと思います。必要な治療を、必要な方に確実に提供するには、患者さん、医師ともに教育が非常に重要と思われます。

図3

長崎市内の路面電車の
NTM啓発号(2024年6月)

長崎市内の路面電車のNTM啓発号(2024年6月)長崎市内の路面電車のNTM啓発号(2024年6月)

04|今後に期待される展開

司会最後に本日の議論を振り返るとともに、今後、肺MAC症領域で取り組みたいことや、改善が期待される点など、先生方の希望や展望をお話しいただけますか。

立川肺MAC症診療では、長期的な視点で治療方針やQOL改善を考えることが重要であることを改めて認識しました。この点はまずは私たち専門医が共通認識をもち、今後はさらに地域の医療にも浸透させていければと思います。

東 正徳 先生
東 正徳 先生

とくに印象に残ったのは、患者さんが治療に同意するか否かは、医師の熱意にも影響されるというお話で、医師の教育、とくに若手医師の教育の重要性を改めて認識しました。今後の展望としては、そうした教育が普及することや、肺MAC症の予後予測と治療開始について、わかりやすい指標やデータが構築されていくことを期待しています。

田辺予後予測の指標の確立は、今後の重要な課題だと思います。それにはさまざまなデータの集積が必要です。画像データの集積や解析については、肺MAC症の専門医に限らず、私を含め、呼吸器内科医や放射線科医など大きな枠組みのなかで取り組んでいければよいと考えています。

大塚本日話題に挙がった医師間、施設間における肺MAC症診療の方針のばらつきについては、私は自身の施設において早速是正に取り組みたいと思います。チームで症例を共有し、治療方針を話し合い、共通の認識をもって診療できるよう、体制を整備したいと思います。

小林肺MAC症が進行すると、患者さんは症状に長く苦しめられるようになり、その様子を見るのは医療者として辛いものがあります。肺MAC症においても、緩和医療が必要と私は考えており、今後はその領域にも取り組んでいきたいと思っています。

丸毛肺MAC症は患者が急増しており、今、非常に熱い領域なのですが、その診療に熱心に取り組んでいるのは残念ながら一部の者のみです。この状況を変えるにはより多くの呼吸器内科の先生方の協力が不可欠で、そのためには、情報やガイドラインをもっと整備して、指標を明確にしなければなりません。MACは環境常在菌で風土の影響を受けますので、国や地域によって肺MAC症の特徴は異なります。日本の肺MAC症診療を向上させるには、オールジャパンで前向きにデータを集積することが必須です。肺MAC症診療の課題はまだまだ山積みですが、皆で協力して、地道に前進していければと思います。

司会本日はありがとうございました。

注)効能又は効果
適応菌種:アミカシンに感性のマイコバクテリウム・アビウムコンプレックス(MAC)
適応症:マイコバクテリウム・アビウムコンプレックス(MAC)による肺非結核性抗酸菌症
効能又は効果に関連する注意
本剤の適用は、肺MAC症に対する多剤併用療法による前治療において効果不十分な患者に限定すること。

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REFERENCES
  1. Namkoong H, et al. Emerg Infect Dis. 2016;
    22(6): 1116-1117.
  2. 中川拓, 小川賢二. 呼吸器ジャーナル. 2018;
    66(4): 608-615.
  3. 日本結核病学会 編. 結核・非結核性抗酸菌症診療
    Q&A. 南江堂; 2014. pp.136-137.
  4. 日本結核病学会 編. 非結核性抗酸菌症診療マニュアル. 医学書院; 2015. pp.76-88.
  5. 日本結核・非結核性抗酸菌症学会 非結核性抗酸菌症対策委員会, 日本呼吸器学会 感染症・結核学術部会. 結核.
    2023; 98(5): 177-187.
  6. 日本結核病学会 編. 非結核性抗酸菌症診療マニュアル. 医学書院; 2015. pp.59-74.
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